社民党の土井たか子党首が辞任しました。
土井氏は1986年、社会党委員長に就任、日本政党史上初の女性党首となりました。89年の参院選で「マドンナ・ブーム」を起こし、与野党勢力を逆転させました。そのときの「山が動いた」というセリフは話題になりました。
93年の連立政権の時期には、憲政史上初の女性の衆院議長に就任。96年には、党名を変更した社民党の党首に復帰しました。
土井氏の党首辞任は、今回の衆院選での惨敗の責任をとったものです。
惨敗の原因には、以下の問題があげられます。
(1) 辻元清美・元衆院議員や土井氏の元秘書らによる秘書給与詐欺事件
(2) 北朝鮮による日本人拉致事件を認めずにきた
(3) 今回の選挙に憲法問題を挙げ「護憲選挙」を打ち出した
なかでも、3番目の問題がもっとも大きな原因と考えられます。
選挙中、土井氏が率いる社民党は「憲法を生かすのか、死なせるのかを賭けた戦いだ」「がんこに平和」「憲法9条がある限り、自衛隊を海外に出してはならない」などと主張していました。でも、内外情勢の変化と有権者の意識は、護憲から改憲に移り始めています。この感覚が、現代の潮流とズレたところにあったようです。時代感覚を的確に読み取れなかったのです。その結果、旧套墨守を演じてしまいました。
社民党は15日、党本部で両院議員総会を開き、土井党首の辞任を決め、後任に福島瑞穂幹事長を選出しました。幹事長は当面空席となります。福島氏は土井氏の護憲・平和路線を継承し、2大政党化が進む中で存亡の危機を迎えた党の立て直しに挑みます。民主党との合流も否定して、頑固一徹な歩み方を決めたようです。
福島氏は参院比例選出で当選1回。1998年に初当選しました。弁護士出身で、マスコミにもよく登場し、社民党議員の中では知られた存在です。選択的夫婦別姓制導入などの市民運動にも携わり、弁護士の夫とも夫婦別姓を実践しています。
土井路線に連なる「土井チルドレン」の1人で、2年間にわたって幹事長として土井氏を支えてきました。
前向きな性格が党を立て直してくれるものと期待されていますが、なにせ参院1期だけのキャリア不足。党内の面倒見も今ひとつのようで、求心力の欠如を心配する声も出ているほど。
惨敗の結果の人材不足が、早くも表面化してしまいました。社民党の将来が大いに危ぶまれます。
今回の選挙で連立政権が信任されたとはいえ、議席を減らしたのですから、有権者の批判を素直に受け止めるべきでしょう。
(2003年11月18日) |