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#8 / 風に向かう者へ


私の名前は戸嶋孝一郎。通称、マスター。45歳の時に大手商社部長職を辞し、その後10年間、世界各国でバー、カフェの職人修業。現在60歳。この空港の一番隅っこで、「エアポート・カフェ・ハグ」という小さな軽食喫茶店を営む。『HUG』と書いてハグ。スカンジナビア語が語源で、愛情をもって両腕で抱きしめる、という意味だ。
「おかえり」「いってらっしゃい」「ありがとう」「さようなら」「元気で」「がんばれ」「うれしい」「愛してる」・・・そんな心の言葉の代わりに、人は人を抱き寄せる。この店には、いや、この空港には、そんなハグの心模様というのだろうか、それが、ちょっとした具合でほんの少しこぼれる事がある。これは私が、空港という名の舞台で見た小さな抱擁の1コマ。それぞれの人がギュッと抱き寄せあった腕の中から零れた、ひとつひとつのひとりひとりのなにげない物語を、プレーゴ、シル・ブ・プレ。

「いってらっしゃい」
20:20羽田発福岡行きの最終搭乗アナウンスが流れた後、孝一郎はHUGを出ていく客の背中に、いつものように声をかけた。HUGの店内には女性がひとり、残った。

「終わったね」
女性は孝一郎に声をかけた。孝一郎の娘、佳世だ。
「ああ。短かったが楽しかったよ」
佳世は店の「OPEN」の看板を裏返し「CLOSE」にして、店内を片付けながら話した。
「考えてくれた?フィレンツェの事」

佳世の夫はイタリア人パティシエで、2年前から東京のホテル内のレストランで働いていた。その夫が故郷であるフィレンツェに帰って、小さなトラットリアを開店する。佳世も本格的に移住する段取りになっている。孝一郎の店「HUG」の営業が芳しくないのは、時々手伝いに来ていてわかっていた。一緒にイタリアで暮らそう。それが佳世からの提案だった。

「空港は、単なる空の玄関じゃなくて商業タウンなの。都内で実績のある有名店ばかりが集まるんだから、パパのお店がリストラされても仕方ないのよ。時代の流れ。まず、自分が変わらなきゃ、置いてかれるだけだもの」
カウンターに入り、佳世は孝一郎の肩に手を置いた。佳世の手の軽い重さが孝一郎には少し痛かった。
「わかってるよ」
孝一郎はありがとうと言う代わりに、自分の手を佳世の手にポンポンと乗せて微笑った。
今年は、中部国際空港も開港した。そちらは有名フレンチの巨匠がアドバイザーとなり、約6000uの商業スペースには温浴施設も設置されているという。空港と言う空間は、地元の有名店をはじめマッサージ・サロンや保育施設等も飲み込み、新たなテーマパークとして劇的に変貌を遂げようとしている。デパ地下、駅ナカ、そして今度は「空ナカ」というわけだ。しかし、空港側が優遇する店舗を除けば、採算を合わせるのは難しいのも現実だった。
「儲からなければ意味がない、というだけの空間になってしまうんだな、どこもかしこも。やらなきゃ良かったかな・・・」
孝一郎は最後のエスプレッソを煎れながら呟いた。
「それ、違うんじゃない、パパ。お母さんが死んじゃった時に言ったじゃない。会社を辞める時、言ったよね。今までやってきた事で後悔した事は無いって。やらなかった事を後悔するのはイヤなんだって。ヘミングウェイの話、したじゃない。それでバリスタになるんだって言ったんだよ。立ち止まると想い出に人間は負けちゃうんだって。全速力じゃなくてもいいから、とにかく未来(まえ)に、自分の身体を想い出ごと、進めるんだって。がんばるってのは、そういう事だって、そうお説教タレた・・・」
佳世の声はだんだん小さくなり、最後のほうは、言葉ではなく、鼻水がタレた。頬を伝う涙とともに。

「今までにやったことで後悔したことは一度もない。やらなかった事を後悔するだけだ、か」
エスプレッソを佳世に差し出しながら、孝一郎は言った。この言葉はヘミングウェイが『老人と海』でピュリッツァー賞を受賞した翌年の1954年に2度目のアフリカへのサファリ(狩猟の旅)を計画した時に、友人に語った言葉だ。
1954年生まれの孝一郎は、この言葉を自分の座右の銘にしていた。ヘミングウェイは、そのサファリの旅の途中、乗っていたセスナ機が墜落。全世界に生存は絶望と報道されたが、九死に一生を得たヘミングウェイは満身創痍にもかかわらず病院に入院することもせず、ホテルで療養。その後、予定どおりアフリカのモンバサ東方海岸にキャンプを設営して、釣りに興じたという。その旅をたっぷり楽しんだ後、ノーベル文学賞を受賞。ノーベル賞のメダルは『老人と海』ゆかりの地、サンチャゴ・デ・キューバのコープレ聖母教会に献納してしまう。

「ボケたかな。俺はもっとタフなはずだったんだけどな」
娘の頭を撫で、自分に煎れたエスプレッソを口に放り込む。娘が中学生の時、妻が亡くなった。その年に会社を辞めた。娘を連れて知人のいたイタリアに飛んだ。娘はイタリアの高校に留学し、自分はバールでの修行を始めたのだった。
ヘミングウェイはアフリカやキューバを目指したけど、お父さんはイタリアから始めようと思う。孝一郎は、そう言って、1954年のヘミングウェイの話を聞かせた事を思い出した。
これまでの事を捨てるのではなく、大切な想い出を全部担いで前を向いて走る。そういう覚悟を父と娘は、確認した。
その日以来、佳世は孝一郎を『お父さん』と呼ぶのをやめ、『ヘミングウェイの愛称』としての『パパ』と呼ぶようになった。父と娘のたわいのない秘密であり『がんばるぞ』という合言葉でもあった。

「だから『パパ』はやった事を後悔しちゃだめなんだよ」
佳世は掌で涙を拭い、エスプレッソを飲んだ。鼻水と混じって少ししょっぱい味がした。でも、まずくはない。そう思った。

数日後の夜、HUGは跡形も無くなっていた。そこには、ずっと昔からそうだったように有名洋菓子店の看板があった。雑踏のざわめきに拍車をかけるように売り子が甲高い声で、限定品であることを連呼していた。
孝一郎は空港に勤務しているHUGの常連客に挨拶を済ませ、空港内を見回した後、ロビーを出た。タクシー乗り場に、フライトを終えた客室乗務員の女性が孝一郎に気が付いた。
「HUGがなくなって残念です。本当にお世話になりました」
「いえいえ。こちらこそ。ありがとうございました」
彼女は半年前に、ため息をつきながら、HUGに入って来た。孝一郎はカプチーノの泡の上にニコニコマークを描いて出した。それ以来、彼女は1日に1回、カプチーノをオーダーする常連になった。彼女はタクシーに乗り込み、じゃ、とだけ言って会釈をし、微笑った。タクシーのテールランプを見送る視線の先に、機体の数カ所を点滅させた旅客機が不思議なスピードで空の奥へと向かっている姿にオーバーラッブした。
比べるもののない空に浮かぶ飛行機は水の中を進むのを見るような、そんなスピード感で、空にいる。
不安と心地良さの中間。そんな距離が、あっけない感じで、ちょうどいいのだと孝一郎は思う。

「流れ星でも見えた?」
佳世の声が背中から聞こえた。
「ああ。でっかいのが流れてった」
「お願い事は?」
「しなかった」
「ふーん、そう。イタリアの女の子がひっかかりますようにって、祈ってたりして」
「うーん、それもいいな」
星のない空を見上げる父の横顔を娘は眺め、その肩に軽く頬を寄せた。珈琲の香りの奥に、アラミスの仄かな匂いがした。
「パパ」
「ん。何?」
「何でもない。呼んでみたかったの」
孝一郎は肩に乗せられていた佳世の頭を腕に抱き寄せ、掌で頬を包んだ。
「いつでもいいぞ、フィレンツェ」
孝一郎の声と同時に、冬の終わりの風が、強く吹いた。佳世は頬にあった孝一郎の手に自分の手を乗せて、微笑み、頷いた。

次回からは“自分磨き”連載小説「サクラ咲く」です。 お楽しみに・・・

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