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『人生には二つか三つの物語しかない。しかし、それは何度も繰り返されるのだ。その度ごとに初めてのような残酷さで』これはあなたと一緒に観た事のある『愛と哀しみのボレロ』という映画の冒頭に字幕で出てくるウイラ・キャザーの言葉です。 元気ですか。明日は、いよいよ私のリラクゼーション・サロンが、このリゾート・アイランドの施設として稼働する日。ちょっと眠れなくて、ビデオを観ました。最後の、エッフェル塔の前で行われるバレエのチャリティ演奏会。そこでラヴェルのボレロに合せて踊るジョルジュ・ドンの圧倒的な肉体、その存在感に、また眠れなくなってしまい、この手紙を書いてしまいました。 ビデオを観た後、コテージを出て、波打ち際を散歩しました。波の音しか聞こえないモルディブの夜の海の上で、あのボレロの曲がずっと鳴り響いて、いい感じです。 あなたと一度、おわりにしなければいけない。と思っていて、その通りにしてもらったけれど、私自身にもそれが本当の気持ちなのかは、わかりませんでした。今も、わかってはいないと感じます。でも、あなたと始まった時と同じように、これも正解だと感じます。映画の冒頭の言葉をみつけた時には、ちょっとドキッとしましたが、とにかく新しい物語を私は歩き始めます。あなたの物語が、幸せであるように。 絵里子 「人生には二つか三つの物語しかない。しかし、それは何度も繰り返されるのだ。その度ごとに初めてのような残酷さで、か。困った名言だな・・・」 優介は東京に向かう最終便のスーパーシートの席で、絵里子からの手紙を読んでいた。 「はい? お客様、何か?」 優介の独り言に反応して、キャビンアテンダントの笑顔が聞いた。 「あ。あとどれくらいですか。羽田まで」 慌てて、ごまかした。約30分で到着する予定だと告げられ、優介は礼を言い、ビールを飲み干し、もう一度、絵里子からの手紙を読み返した。 手紙をもらうのは初めてだった。1ヶ月近く、電話もメールもないので、やはり終わったのかと覚悟を決めていた時に届いた手紙だった。絵里子のいるリゾート・アイランドを経営しているホテル・チェーンの封筒と便箋。HPを開けばメールもつながる。 電話で声も聞ける。しかし、優介はしなかった。もし、電話をしてもメールをしても、絵里子は何も言わないだろう。その『何も言わない』事が別れを決定的にする。優介はそう感じていた。やさしく、やわらかく、うつくしい関係。その暗黙のルールのひとつとして、絵里子の自由や未来を縛らない、と優介は決めていた。 東京で遅い打ち合わせの後、優介は絵里子のマンションに向かった。リラクゼーション・ルームはアシスタントが引き継ぐカタチで営業を続けているが、絵里子のマンションは優介が借りる事になった。家具の配置を変えない。掃除を定期的にする。女を引っ張り込まない。3つのルールで絵里子は優介に貸してくれた。
「嫌になったら、言ってね。気持ちが、不自由になったら、いつでも」絵里子はそう言ってモルディブに行ってしまった。売却してしまうなら、貸してくれ。そう頼んだのは優介の方で、絵里子は渋々ながら承知してくれたのだった。 優介は近くのビデオ屋で、絵里子と数年前に観た『愛と哀しみのボレロ』を借りてきた。ビデオ屋にはカップルが新作のラブストーリーを手に、はしゃいでいた。それぞれのカップルの男性の手にはチョコレート屋の袋やプレゼントらしき袋。 2月14日か。優介は、ビデオを1本借り、酒屋でスプマンテを1本買い、部屋に戻った。最初のシーンで、あの言葉を字幕に見つけた。 カラヤン、エディット・ピアフ、グレン・ミラー、バレエダンサーのヌレエフなどをモデルにした、親子二代から三代、第二次世界大戦前後から現代までに渡る大河ドラマ。監督はクロード・ルルーシュ。思い出した。3時間強。辛口のスプマンテをそのまま飲みながら、優介はモルディブの夜の海を思った。 若くして急逝した天才ダンサー、ジョルジュ・ドン。彼の肉体の完璧さに優介も圧倒された。頭の中でボレロのメロディが響く。終わらない。 窓を開ける。星のない東京の夜空を突き刺すように東京タワーが遠くに見えた。スプマンテが効いた。優介は目を閉じ、暗い夜空に大きく息を吐いた。 人生には二つか三つの物語しかない。しかし、それは何度も繰り返されるのだ。その度ごとに初めてのような残酷さで。という言葉にドキッとしたと、1週間程前に書きました。何がドキッとするのかをずっと考えていたのだけれど、きっと『残酷さ』というところにひっかかっていたのだと思います。『残酷さ』という言葉を『愛おしさ』に変えてみたら、誰かと(あなたの事よ)遠くで、ほんのりつながっている事が、希望の蕾のような気分になりました。-4時間の時差だから、あなたはきっと今ごろはまだ、夢の中ですね。それともバレンタインデーだったから、女の子と一緒に夢の中ですか。それはそれで、ほどほどに。水平線に昇る太陽が、痛いくらいです。モルディブ。 絵里子 福岡。優介は契約会社の新商品発表イベントの記録ビデオの仕事をしていた。 「優介さん、今日は張りきってますね」 広報担当者がディレクションをする優介に囁いた。 「今日も、ですよ。いつも張りきってますよぉ!」 優介はイベント会場をキビキビと走り回っていた。昨日、届いた絵里子からの手紙が、胸のポケットに入っている。優介は仕事が一段落すると、自分の胸のあたりを軽く握った。ふと、自分のその仕草がおかしくなった。バッターボックスに入る時の、高校野球の球児のようだ。自分の間抜けな笑いをごまかすために、優介は大きく腕を広げ、深呼吸をした。 人生には二つか三つの物語しかない。しかし、それは何度も繰り返されるのだ。その度ごとに初めてのような『愛おしさ』で。優介の胸の奥で、ボレロの曲が流れ始めた。 |
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