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「悪いな」 都内のホテルのロビー。大野が声をかけてきた。 「いや。全然、悪くないよ。がんばろうぜ」 大野は山室優介と一緒に映像企画制作会社を興した仲間のひとりだ。広告代理店の営業をしていた大野のおかけで、福岡に興した会社は順調だった。こんな不況の中じゃ、真っ先に潰れてしまっても不思議じゃない。しかし、周囲の予想に反して5年間で20人ほどに増えたスタッフの首を切るような事は、一度もなかった。
「福岡は若い衆に任せてあるんだから、東京の仕事は俺がなんとかしなきゃ」カメラバッグを肩にかけ三脚を持って立ち上がりながら、優介は大野の肩を叩いた。 「でもな、今更、結婚式の記録ビデオをおまえに頼むのは気がひけるよ」 小声でしゃべる大野の背中を軽く押しながら、優介は言った。 「そんな事ないさ。これまでも何でもやってきたんだ。これからも何でもやるよ。 仕事があるだけ有り難いよ。がんばってオマエが取った定期収入の仕事だもんな」 ふたりは5日前から結婚式のビデオ撮影をしている。大野は軽く笑うと、優介の先に立って会場へと歩いた。ホテル関係者と視線が合うたびに大野のスーツの背中が丸くなり、小さくなった。コイツなら代理店にいればもっとずっと楽に仕事がこなせて、出世もしたはずだ。現在を、後悔していないのだろうか。 「いい画(え)撮るからさ」 優介はせわしなく動く丸い背中に言った。大野が、「何?」と振り向いた。「何でもない」、と言いながら、キョトンとしたその顔に優介は安心した。エレベーターの鏡に映る自分のフォーマル・スーツ姿に軽い違和感を感じながらも、めでたい笑顔を作った。 昼過ぎ。披露宴もひととおり終わった。後はこのビデオと結婚したふたりの想い出の写真や何かと組み合わせて福岡のスタジオで編集する。 この5日間で1ダース超のカップルのマスター・ビデオを撮った。1本1本送るよりも安全とコストを考えて優介か大野が福岡に持ち帰る手筈だ。明日は仏滅。ビデオ撮影の仕事は、入っていなかったので優介が持ち帰る事にした。 「じゃ、頼む」 大野は軽く手を上げ、ホテルの玄関でタクシーに乗る優介を見送った。 優介は携帯電話を取り出し、会社に電話を入れた。その後、メモリーされている宿の名前を呼び出し、コールボタンを押した。液晶画面に0977・・・と数字が流れた。 飛行機は羽田から午後2時過ぎに飛び立った。4時前には福岡空港に着く。 シートに座ると、優介はアイマスクを取り出しながら客室乗務員に、起こさないでくださいと伝え、すぐに眠った。 空港から出ると、優介の会社の社員がマスター・テープを受け取るために待っていた。 「悪いけど、タクシーでスタジオに戻ってくれ。会社のワゴン、明日まで借りる」 優介はテープだけを渡し、社員を帰した。カメラバッグと三脚をワゴンに入れ、運転席へ座ると内ポケットからMDを取り出し、カーコンポに差し込んだ。 「アトランティック・クロッシング#10セイリング」 MDには片岡絵里子の字でそう書かれていた。 #10まで曲を送り、リピート・ボタンを押した。後方を確認した優介はワゴンのシフトをDに入れ、アクセルを踏んだ。ロッド・スチュワートのしゃがれた声が車内に満ちる頃、高速に乗った。 1時間半。優介は、大分県の湯布院にいた。羽田からの電話で、由布院温泉の人気旅館のひとつを運良く確保できたのだった。広大な敷地の中に竹林と雑木林が広がり、いくつかの露天風呂が点在している。 何もない。ほんのり冷えた空気と風の音と夕暮れに染まった空以外には。 耳の奥の底のところで聞こえていた『セイリング』の、切なくて途方もなく広がり続けるメロディが、笹の葉を撫でる風の音の中に混ざった。 夕食後、露天風呂に行った。かつてテレビの取材で撮影した場所だ。ゆるやかな坂道を歩き、ちょうどてっぺんまで登ると茅葺き屋根が見える。そこに広大な露天風呂。 雑木林に囲まれている。正面に由布岳。風呂に入り、空を見た。上弦の月。これから数日で満月になるのだ。後で、この月と空を撮影しよう。結婚したカップルは上弦の月だ。時間と優しさと熱意を重ねてふたりの想いを満月にする日までのスタート。それが結婚式ですよ、というストーリーにすればいい。優介は自画自賛し、それから、広大な風呂に仰向けに浮いて、月を見た。 ![]() モルジブの空は晴れているだろうか。月は見えるだろうか。優介は、絵里子を思った。視界には広大な空と半分の月、周囲の雑木林の影。頭の中で『セイリング』のメロディが流れ、視界がゆるやかに歪んだ。泣きたくもないのに出る涙は、想い出を連れてくる。 絵里子の生まれた年の、1966年。カリスマ的なギタリスト、ジェフ・ベック率いるジェフ・ベック・グループのリード・ボーカリストに抜擢され、ロッド・スチュワートは飛躍のチャンスを掴む。その後、ジェフ・ベック・グループのメンバーだった、ロン・ウッド(後に、ローリング・ストーンズ加入)とともにロッドはフェイセズヘ参加。フェイセズのリード・ボーカリストとしての活動とソロ活動を並行して続けていたロッドは、1975年にレコーディングのために米国へ渡り、ワーナーからの初のアルバム『アトランティック・クロッシング』をリリース。この曲のオリジナルは、1972年にスコットランド出身のサザーランド・ブラザース。原曲はほとんどヒットした形跡がない。・・・なんて事を、絵里子に話した。絵里子はその話をとても気に入り、後日CDを買い、それをMDにダビングして優介に渡した。ふたりのテーマソング、と言って。 優介は、絵里子にとってすでに、想い出となってしまったのだろうか。想い出にできない「想い」を優介だけが抱いていた。絵里子は初めての夜を過ごした時、こう聞いた。 「きれいな距離ってあるかなぁ?命が育つのに必要なゆったりした時間というか、何かが熟していくような。そんな、距離」 なければ、作ろう。優介は、そう答えた。その時も、『セイリング』を聞きながら。 |
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