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そのモルジブのリゾートは、2つの小さな島からできていた。インド洋に太陽が沈む頃、オレンジ色の水平線が天上の群青と溶け合いながら、夜の静寂を整える。最終便だろうか。飛行機の点滅が星の間を縫いながら、夜空にゆっくりと吸い込まれていった。 「帰ろうかな」 島と島をつなぐ桟橋を歩きながら、絵里子は空一面にまき散らされた無数の星の屋根を見上げ、独り言を言った自分に驚いた。 帰る? 絵里子はこのリゾートで、半年前から海に浮かぶエステティック・コテージを任されていた。揺れる海面の上で、絵里子の影が踊る。星が怖いくらいの勢いで降り注いでいる。 絵里子は潮風に揺れる胸のペンダントを握った。山室優介にもらったものだった。イタリアの老舗宝石店ポメラートのカジュアルなジュエリーで、失いたくない気持ちやメッセージを伝える、秘密の宝石言葉のようなもの。 絵里子の付けているタツノオトシゴのメッセージは、Don’t hold back。 過去に縛られず、尻込みせずに、前向きに、というような意味が込められている。 「そんなに強くなんかないよ」。 熱いお湯に身体の隅々を叩かせながら、絵里子は泣いた。泣きながら、過去を辿る絵里子の胸でタツノオトシゴのペンダントが揺れた。 5 年ぶりに泣いた。5年前に彼との結婚をやめた日の夜に、ひとりでバスタブの中で声をあげて泣いて以来だった。振られたわけでもなく、何か障害があったわけでもない。ただ、結婚というカタチが違うと思った。そばにいなくても、距離が遠くても、大切な気持ちは変わることがないと強く思えた。その日を境に、絵里子は泣かなくなった。そして、句読点を付けた恋人として絵里子と優介は、東京と福岡というそれぞれの場所で生きてきたはずだ。半年前、その距離を少し大きくして絵里子は、このモルジブに来た。大きなため息をついて絵里子はシャワー・ルームを出た。タオルで身体を包むと、ベッドサイドの抽出しから、ブルーの小さな瓶を取り出し、キャップを外した。ニールズヤード・レメディーズのオーガニック・エッセンシャル・オイルだ。数滴を枕に垂らした後、絵里子は海に突き出た小さなテラスに出た。降り注ぐ星々を見ながら深呼吸すると海を渡る風が、ラベンダーの薫りに変わった。優しさが絵里子の胸の奥を刺した。 時差-4時間。福岡空港から羽田空港に着いた優介は、タクシーで絵里子から借りているマンションに向かっていた。西の空を見ながら、優介は夕焼けの茜色に目を細めていた。タクシーの中から見える空は、飛行機の中から見ていた夕日よりも、少しくすんでいる。東京の空がとても低く小さく感じた。 「今日は違うのにしたい気分。なんか、ガツンとくるやつない?」 「帰って来いよ」 君の胸の中に僕が帰る。僕の胸の中に君が帰る。そういう帰り方がいい、と言った。 ※「シンクロニシティ」とは、ユングの言うところの共時性という心理学用語。「意味のある偶然の一致」を意味している。 |
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